東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2790号 判決 1970年4月24日
神田商工信用金庫
理由
一、控訴人が被控訴人および訴外日月外記共同振出にかかる原判決添付別紙手形目録記載のとおりの約束手形(本件手形)の所持人であることおよび昭和三六年九月一日控訴人と被控訴人間において、被控訴人が控訴人に対する本件手形上の債務を期日に履行しないときは、元金一〇〇円につき一日五銭の割合による遅延損害金を支払う旨の約定をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争のない甲第一号証の二によれば、控訴人は満期に本件手形を支払場所に呈示したが、支払を拒絶されたことを認めることができ、控訴人において昭和四一年八月七日までの間に本件手形金元金の内へ金一八万九、〇八六円の支払を受けていることは控訴人の自認するところである。
二、そこで、まず被控訴人の時効の抗弁につき按ずるに、《証拠》を総合すれば、「控訴人金庫の常勤理事で、総務部長の職にあり、昭和三九年一月以降未収債権の回収事務を専門的に担当していた広田忠七は、同年四月以降再三にわたり被控訴人に対し書面または口頭で本件手形金の支払方を催促していたのであるが、同年六月一八日重ねて被控訴人に対し電話で右支払方を求めたところ、被控訴人は、本件手形金債務を承認し、同年七月より毎月五日限り五万円ずつ割賦弁済する旨を約したことを認めることができ、原審ならびに当審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する供述部分は、前記各証拠と対比してにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、本件手形金債権の時効(約束手形の振出人に対するものとして三年)は、満期後三年内たる昭和三九年六月一八日被控訴人の債務承認により中断せられたものというべく、その後さらに三年の期間を経過しない昭和四二年五月三〇日に本訴が提起されて受理されたことは本件記録に徴して明らかであるから、他の中断事由について判断するまでもなく、被控訴人の時効の抗弁は理由がない。
三、次に、被控訴人の弁済の抗弁につき按ずるに、《証拠》を総合すれば、「控訴人金庫は訴外日月外記が代表取締役である日月電気株式会社と金融取引があり、同会社に対し数千万円の貸付金債権の未収があつたところ、昭和三六年八月三一日控訴人金庫を支払場所とする同会社振出にかかる金額二七七万六、〇〇〇円の約束手形の支払呈示があり、右につき、同会社にはすでにこれを支払う資金がなく、また控訴人金庫において同会社にさらに融資をすることも回収見込がたたないところから困難であつたので、控訴人は右手形を不渡にしようとしたが、日月外記のたつての懇請があり、かつ翌九月一日同人の後援者でそれまでに同人に対し合計二六〇万円の融資をしていた被控訴人が、右手形決済資金の一部に充てるためということで本件手形を日月外記個人と共同して控訴人宛に振出したので、控訴人は不足分を同会社に融資して前記手形を不渡としなかつたこと、控訴人は同会社に対する前掲金融上の債権の担保として日月外記の妻俊子所有の東京都千代田区神田多町二丁目六番九宅地一一坪八合一勺および右土地上に存する木造亞鉛メツキ鋼板葺二階建店舗一棟床面積一階九坪二合、二階八坪につき昭和三二年一二月二五日付根抵当権設定契約に基づく債権元本極度額四五〇万円(但し当初の極度額は一五〇万円であつたのを増額したもの)の根抵当権(順位一番)および昭和三六年九月二二日付根抵当権設定契約に基づく債権元本極度額五五〇万円の根抵当権(順位二番)を有し、それぞれその旨の登記を経由していたところ、日月外記は昭和三六年九月頃から一一月頃にかけて控訴人に対し、右土地・建物を他に売却してその売得金の内から約四〇〇万円を控訴人に返済し、残額は自分に使わせてもらいたいとの申出をしたが、控訴人においてはこれを許さず、結局同年一二月に至つて右売得金全額を日月電気株式会社の控訴人に対する既存債務の弁済に充当するなら、控訴人よりあらためて同会社に融資するという条件で控訴人が右物件の売却を承諾することとなつたので、被控訴人は昭和三六年一二月二二日右各物件を代金合計七五〇万円で菅納達雄に売却し、右代金は直接菅納より控訴人に支払われ、日月電気株式会社の控訴人に対する債務の一部の支払に充てられ、控訴人は右各根抵当権設定登記の抹消登記手続をしたこと」を認めることができる。被控訴人は、右売得金の一部をもつて優先的に本件手形債務の弁済に充当する旨の合意が控訴人、被控訴人および日月外記の三者間に成立し、右合意に基づいて本件手形金は決済ずみである旨主張するが、当審証人日月外記の証言(第一、二回)および原審ならびに当審における被控訴人本人尋問の結果中右主張にそう供述部分は、当審証人川上純、同蜂谷力の各証言に照らしてにわかに措信し難く、前掲甲第七号証の四中に存する「矢部氏は多町の家屋を日月が処分した際優先弁済を約して居つたのに之を実行しなかつたことは不当であると反撃した」との記載部分は、単に被控訴人の見解を前記広田忠七が記載したに過ぎないものと認められるので、未だ右主張事実を認める資料とすることはできず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
また、右認定の事実によれば、日月外記において前記売得金の一部を本件手形金の弁済に充てるよう控訴人に対して指定する権利はこれを有するに由ないものと認められるから、仮に同人が一方的に売得金の一部を本件手形金に充当する旨の指定をしたとしても、なんらの効果を生じないものといわなければならない。
よつて、被控訴人の弁済の抗弁も理由がない。
四、そうすると控訴人の本訴請求はすべて正当としてこれを認容すべきであるから、これと異なる原判決を取消